バイクで旅するということ

どたばた日記

2020年3月25日。


ある意味ラーツー(笑)「 今奄美出港しました。」

のtwitter投稿を見つけた夜半過ぎ、すごく懐かしくなった。youtube以外であまりその時の記録を残していなかったので、どうせならと思い立ってここに移動させることにした。

翌日26日。
鹿児島港に到着すると

なんとまぁ…雨

目的地宮崎の前に、なぜか鹿児島のライコに寄り、末吉の道の駅で沖縄っぽい餅を買いww

迷子になりながら宮崎の旅館に到着したのは21時…

一番の敵は雨じゃなくて 迷子かも( ๑´•ω•๑)
約300キロの移動距離で半分近く迷子で走っていた気がする。

到着が遅すぎて心配くださった旅館の方が「すみませんm(__)m あまりに遅くて連絡取れなかったので警察に電話してしまいました・・」と青ざめておっしゃっていたのは大変申し訳ないことをしたと思います・・

(そのとき、山の中で迷子になり〜の、携帯も充電切れ〜の、雨風で前が見えづらい中で知らない道をある意味感覚だけで向かったような状態になっていたのです。近道のつもりが、ありえない遠回りをしたこの経験は「いそがば回れ」って本当だということに繋がりました。旅する上で大切です。)

そんな旅館の方の声を遠くに聴きながら、倒れこむように玄関へたどり着いたのは苦い思い出でもあります(^_^;)


3月28日。
たぶん初めて、本土の桜開花時期にいる気がしました。沖縄の桜と似てるコ、似てないコ、がいましたが、どれも感激でした。


世界農業遺産は大分で以前出会いましが、宮崎にもあるのですね。 圧巻の光景にしばし言葉を失っていました。


宮崎から大分へ移動しましたが、 途中熊本通過時の阿蘇くじゅうでは「台風ですか!」的に ヤバかった…のが一番の思い出です。

大分へ到着し、馴染みと化した湯の坪街道散策。
その日一日雨予報の大分( ๑´•ω•๑)

あしかけ5年くらい悩んでいた ミニお地蔵サンも、 今回を機にお迎えしちゃったのもこの時でした。

大分にいた日はある老夫婦の経営なさるログハウス風のペンションでした。

木綿恋記 (Pension Yufugoiki)という名前、ふと食事を待つ時に目に止まった本が「木綿恋い記」とあったのでふと「もしかしてこちらのお名前はこの本から?」と尋ねると、少しはにかむような温かい笑顔で女主人の方が「水上勉という方の本で・・」とその出会いを話してくださいました。

そんなお話で心が少し温かくなる、そんな瞬間が人には必要なんだなと感じました。


朝食が美味しいのが印象的でした。
他旅関係サイト評価を見ても、同じような方が多くいらっしゃいました。


3月29日、なかなかの晴天に恵まれての出発。

北九州向かって大分出発!
九州上陸して初めて晴れた・・


しかし、ヤエー天国♡
めちゃくちゃテンション上がりました!


大観峰にいく手前、道端で移動販売(?)のような佇まいで焼きとうもろこしとホットドックをいただきました。それがすごく美味しくて・・とうもろこしは店主の栽培なさったもので甘みが通常より濃いのだとか。また、熊本の街の方でライダーズペンションみたいなものもしているそうなので、次に宿泊する先に入れ込みたいと話しました。


奥様が綺麗で優しくてすごく懐っこく話してくださる方で、旦那様と息子さんがバイクに乗っているのだとか。話をしていると旦那様が戻られて、いまマイブームらしいトライクに乗って行けと大変でした(笑)。

少しの時間でしたが、すごく楽しかったですが、大観峰を満喫すると決めていたのでお店を後にしました。

3月30日、関門トンネルをくぐって目指すは山口県。
目標の1つ、秋吉台は行けましたが角島までは行けず・・リベンジ案件増えました。


県が変わるとこうも雰囲気が変わるもんだと肌で感じた山口への道程。
レトロな門司港では瓦そばなるものを初めて食し、もっと時間が欲しいと心底思いました。

3月31日、馴染みの宗像大社へ。
バイクのお守りと御朱印をいただき、おみくじは大吉♪ 縁起良すぎて…ありがとうございます!


4月2日、青の洞門を堪能。めちゃくちゃ快晴でした。


4月3〜5日、ライダーの聖地「大観峰」へ


走って走って 走りまくった…と思える日を 過ごしました。
出会った場所、 出会った方々、 見知らぬヤエーしてくださった ライダーの方々へ
たくさんの感謝を込めて❀.(*´◡`*)❀.

4月7日、鹿児島港着にて沖縄向け出発。後ろ髪惹かれながら フェリー乗船・・

乗船前に鹿児島で知覧特攻隊の記念資料館や、ライダーズカフェへも立ち寄りました。もう・・ね、いま思い出しても入力する手が追いつかない、言葉にできないことが山ほどありすぎます。
2年経過しても色鮮やかに思い返される時間を過ごしました。そして、どこに行ってもバイク乗りなら一度は尋ねる「え・・?ピンクナンバー・・どこから来たの?」

本当は中型免許取得してから・・の予定でしたが、慣れ親しいんだGNとの方が絶対安心だと思い、小型バイクでの旅を決行しました。高速や自動車道に乗れないという不便さは少しありましたが、小型に乗っているとそもそもそこを通るという概念がないので、実はあまり気にしないでいいのかもしれません。

前のブログにもほとんど残していなかった初の九州ツーリングの時の気持ちや出来事、twitterでかろうじて拾えるものをこちらに残しておいたのですが、見直してみても、やはりほとんど書いていない(^◇^;)

仕方ないかなとは思います。

twitterどころか、その日撮った動画をその日のうちに編集しないと明日の動画が追いつかなくなるという・・ある意味強迫観念にも似たものですよねε-(´∀`; ) いま思うと恐ろしい勢いでした。移動して帰宅したら編集して、でご飯は旅館で付かない限りコンビニでした。旅館も1回くらいの利用だったので、ま・・ほぼコンビニですな。

でも、「食」よりも「経験」に重きを置いていたので全く気になりませんでした。ただ、沖縄に戻ってきてからは、降り注ぐ紫外線に丸裸の状態であたり続け、冷気にさらされまくり、コンビニ食(カップラーメンとか)で過ごしたツケは重症の肌荒れで戻ってまいりました。なので、皆さんはぜひ「これは真似したらあかん」という情報として受け取ってくださいね。

「人生は 食べたものと 目にした言葉と 出会った人で 作られていく」
という、普段食に関する仕事や講座、執筆をしていながら・・と苦笑いです。

九州〜山口まで駆け抜けた約2週間。


この時は本当に「珍しい」と言われるくらい天気が良くなくて(笑)、「珍しい」と言われるくらい寒かったんです(^^;;

雨にどんなに打たれても、◯を覚悟しちゃうくらいのヘアピンカーブの連続坂道でも、手足が冷えすぎて感覚無くなりかけても、その日の夜には「もっと走りたい」と貪欲に旅を楽しんでいました。

見るもの全てが新鮮に映る感覚。九州は好きでレンタカーの旅でも仕事でも良く行く場所なので、普通で言うとある意味見慣れた場所。なのに、沖縄に帰ってきてもまた行きたいね、はイコール九州でした。


旅、というのは制限がなければ本当にどんどんするべきだと思います。

今まで閉じていたものがパーッと広がっていくような…力強く前向きになって、 身体が勝手に動いてしまうような そんな「キッカケ」を与えてくれるありがたい存在というか・・気づきをもらえます。

普段と違う環境などであれば自然とインスパイアされるのかもしれませんが、意識的に日常でそれを行うには難しい部分がありませんか?

私は無理めです。。流される気がします。

非日常に身を置くことで、私たちは たくさんの「キッカケ」を受け取りながら生きているのかもしれないですよね。

何はともあれ。
夢はバイク旅!と掲げた夢を一度体感すると・・それは描いているだけの夢ではなく、実現可能な目標になるのです。
今本当に自分が楽しくてやりたいことは、(思っていた)お米の講座でもなく広めることでもなく、「バイク旅」だった」ということに気がついた時は笑いましたが・・