“もっと早く知りたかった”と思える「夢」のこと

どたばた日記

そんなに好きな芸人さんでもありませんが・・・

たまに、江頭2:50の動画、結構おもしろいよと勧めてくれる友人が、ある日

「今回の動画、すごく良いから観て」

と言って来るので(その時はなんとなくというか仕方なくw)開いてみた。

代々木アニメーション(CEOらしいのですが)へ“【伝説のスピーチ】入学式にしょこたんとサプライズ乱入!”というわかりやすいタイトルに笑いましたが、そのスピーチが本当に心打つ言葉を綴ったものでした。思わず友人に「これ、エガちゃんの書いた内容なんだよね」と聞いてしまうほど。

一応・・まだ観てない方のために貼っておきますね。エガちゃんのスピーチだけでも聞いてみていただけたらと思いますm(_ _)m

芸人としてやっていく中で、「自分」を出せないことでYouTubeを始める方が多く、私個人の意見としてですが、それで良かったんじゃないかと思っていましたが、エガちゃんもその1人だと感じました。

ほんの数分の内容ではありますが、生きた言葉です。
誰かの言葉でもなく、かっこいい言葉を探してきたわけでもなく、エガちゃんが歩んできた道のりで感じてきたこと、大切にしてきたことが人として伝わりました。

そして、この言葉を真剣に今からの方々へ伝えたいという気持ちがすごく温かく感じ、目頭が熱くなったのを覚えています。言葉って、どんなに飾らなくても心の中から出てきたものは絶対に人の心へ伝わるものです。

夢を諦めないことが大切


「夢を諦めないことが大切」
多くの人がそれは知っていますし、もちろん、エガちゃんの今回のスピーチで刺さらなくても、誰かの言葉や歌で励まされて歩んでいらっしゃる方もいると思います。

さて。

ここまで感動の温かさに包まれた後に、ふと浮かんだのは
「夢・・ってなんだろう」
ということでした。

私の夢は何だろう。

「大きくなったら、何になりたい?」は小さいころからよく聞かれたことだし、「将来の夢」も小さいころからよく掲げさせられたことでもあります。

小学生の頃は周りに合わせて大人が喜ぶような保育士やケーキ屋さんなど、他愛もない夢を思ってもないくせに言っていた時期もありました。

いつの日か、古代史や古代遺跡が好きで考古学者になりたいと思ったり、星や神話が好きだから天文学者になると思ったこともありました。

大人になると、それらは目指す学校に行けなくても自分で一応学んだり好きでい続けることができることも知りました。

さらに少し大人になると、叶える前提としての目標を掲げるようになりました。そして、それらを叶え始めた時には叶えるためにどう行動していくかを学び始めました。

退職する前、全盛期でその仕事内容に打ち込んでいた時は、それに関する資格をかたっぱしから取得し講座を開催したりして、その業界全体の底上げをし、それらを好きな方を増やすんだと燃えていました。休日や勤務時間終了後に異業種交流や講座などをしたりで・・その道を外れることがあるなんて考えもしていなかったのです。

今年、その人生半分を掲げた仕事にいったん区切りをつけた今、日に日に叶えたい目標先が変わっていくことを感じています。

その職に関する今までの学びを内包はしているものの、興味の対象が全くもって変わってしまったという・・実は私自身が一番驚く状態になっているのです(-。-;

そこで起こった先ほどの疑問「夢ってなんだ?」

ウイキペディアでは

ゆめ)とは、 睡眠中あたかも現実の経験であるかのように感じる、一連の観念や心像のこと。 睡眠中にもつ幻覚のこと。 睡眠中の脳活動にはレム睡眠とノンレム睡眠があるが、1957年には主にレム睡眠の状態にみられる現象であることが明らかになった。
夢 – Wikipedia

とありましたが、今私が知りたいのはそれじゃな〜い(笑)!!
続けて見ていくと「将来の夢」とは

将来実現させたいと心の中に思い描いている願い。 未来に実現させたい理想のこと。 元々、日本語の「ゆめ」という言葉は、「睡眠中に見る、現実ではない知覚」という意味と、そこから転じて「現実ではないもの、はかないもの」という意味で用いられており、「抱負」や「志望」などの意味は持たなかった。

叶わないものかもしれないけど憧れ、、みたいな感覚が「夢」と受け取りました。だからこそ、儚さを持たず現実的にみなくてはいけないような今言われる「夢」に違和感を持ちはじめ、なんだかわからなくなってしまったのかもしれません(`・ω・´)

みなさんにとっての「将来の夢」は何だったのかな?

子どもの頃、警察官や消防士、スポーツの選手、芸能人など、色々な夢を答えた経験があるのではないでしょうか。しかし、これまでの話から考えて見ると、本当に「将来の夢=なりたい職業に就く」ことなのか?になります。

「将来の夢」とは?
将来の夢=やりたい仕事、で本当にいいのでしょうか。。

「将来は何になりたい?」「将来の夢は?」
この質問の先にある答えは、決まって職業のことを示していましたし、むしろ今でもそのように聞かれているかもしれません。

大人になった今、【将来の夢=自分が就きたい職業、仕事】の公式を、疑問に思うことはありませんか?

将来の夢を、自分が就きたい職業、仕事だけで終わらせないことが、柔軟な思考や自己肯定感、そして何より今後のキャリア形成において非常に重要だと言われている意見をみました、まさにその通りだと思います。

そして、プライベート含め仕事を通した生き方の中で、「〜の経験を重ねて〜な自分になりたい」と考えることが意味を持ってくる。

「将来の夢=職業」の公式にいつまでも縛られてしまうと、なりたい仕事に就けなかった時・なりたい仕事が見つからない時に「夢を叶えられなかった自分はダメだ」「夢がない自分はダメだ」と、自分自身を追い詰めてしまいます。

「夢=何になりたいか」ではなく、「夢=どんな自分になって何をしたいか」。
仕事(もしくはプライベートを含む場合も)を、自己実現の一つのツールという大きな視野で考える…。

そう、「将来の夢=仕事」と設定してしまうと、例えばその職種に就いたときや、昇進して目標においていたポジションについてしまうと、そこで夢が終わってしまい、「なんだか気が抜けた」ような状態になるのはあるあるです。

まず「何になりたいか」ではなく「何になって、何をしたいか、どういう自分になりたいか」に軸を置き、将来の夢を今一度考えてみましょう。

人生や仕事は、続いていくものです。

「将来の夢=仕事」になってしまうと、希望の仕事に就けなかった場合、夢が絶たれてしまうどころか、「こんな仕事は自分の夢じゃない!」と、目の前の仕事に対して、投げやりになってしまいかねません。

どんな仕事であれ、なりたい自分(=将来の夢)が明確であれば、例えその仕事が希望するものではなかったとしても、目の前の仕事に対して真摯に取り組むことができるでしょう。

通過点である「ポジション」「地位」などの目標を「将来の夢」としてしまわず、目標の積み重ねで、最終的になりたい自分像を「将来の夢」とすることで、仕事に対する気持ちも前向きになれますし、その積み重ねを経験として、すぐではなくても後々再度希望するキャリアに挑戦することもできます。

ちなみに「夢」の定義とは

① 睡眠時に生じる、ある程度の一貫性をもった幻覚体験。多くの場合、視覚像で現れ、聴覚・触覚を伴うこともある。非現実的な内容である場合が多いが、夢を見ている当人には切迫した現実性を帯びている。 「 -を見る」 「 -からさめる」

② 将来実現させたいと心の中に思い描いている願い。 「少年らしい-を抱いている」 「 -は果てしなく広がる」

③ 現実を離れた甘美な状態。 「新婚の-の日々を送る」 「太平の-をむさぼる」

④ 現実とかけはなれた考え。実現の可能性のない空想。 「宇宙旅行は-ではなくなった」 「 -のような話」

⑤ 心の迷い。迷夢。 「見果てぬ-を追う」

⑥ はかない物事。不確かな事。 「 -と消え去る」 「 -の世」

出典 三省堂大辞林 第三版

とあるようですね。

このように、夢には色々な意味がありますが、辞書でみる限り「就きたい職業」の記載はみあたらないというのです(笑)。

「夢=職業」と定義されているわけではないはずなのに、そうであると思い込んでいる人が多く、さもそれが当たり前の答えであるかのようです。それが「やりたい仕事がない=自分は夢を持てない」となる原因にもなりますね・・。

大人になってから聞かれる「夢」は持続性を求められ、仕事や職業は手段であり「なりたい自分になる」ためのスタートラインで、「そこからどのように活躍したいか、成長していきたいか」の詳細が大人にとっての夢・・・なのかな(あ〜・・なんだか夢が可愛く無くなっていく)。

今では私の子どもの頃よりは多少変化はしましたが、「大手に入る」「憧れの職業に就く」ことばかりが目標になってしまうことは多々ありますよね。いざ入社しても「なんか違う」とすぐに離職してしまうケースなどは、意外と多いのは、求めることがそこじゃ無い!と心が全力で訴えているのかもしれません。

夢は、就きたい職業の向こう側にある「実現したいこと」と考えてみましょう。そして、それが叶ったら、また次の夢を見つけて、どんどん自分を成長させていけたら良いよね。

やりたいことが見つからない、という奥底には、きっと「将来の夢=職業」の公式があります。

今こそ、その公式を考え直す時期なのかもしれません。


叶えるためにみる夢、儚さと憧れを内包した夢、そのどちらも間違いでは無いだろうし、どれを抱いても良い。そこからスタートしてみようかな、と感じています・

夢は変化して良い

夢は変化して良い」ものだと考えて見ると、少し納得してきました。

様々な経験を経て、やりたいこと・なりたい姿は変わって良い。

やりたいことが変わっても、なりたい姿が変わらないなら、単に方法が変わっただけ
やりたいことが変わって、なりたい姿も変わったのなら、きっとフェーズが変わっただけ

最初は
離婚を経験し、時間や経済力を理由にやりたいことを諦めなくても良いことを伝えたかった

次は
できることや得意なことを活かし、自分の道を切り開ける可能性が誰にでもあることを伝えたかった

そこから
ある職に携わることで、命の活かし方や体・心を作る食の大切さや、その根っこにいる方々を大切にしたかった

今また
やりたいことを諦めない、いくつになっても挑戦はできるということや、視野を広く持つことで気づく内面を知って欲しかったし、今ある環境や自身を考え振り返ることで大切なことや自分自身に気づくきっかけを作るお手伝いができたらと思っている

夢、は人のためにみるものでも掲げるものでもありません。
自分自身がどうありたいか、自分のためにみる・掲げるものではないのです。

「夢を諦めない」を深く考えてみましたが
やりたいことを諦めない」とするとしっくりきた最後に地味に拍子抜けした気が・・(笑)